メンタルが強いやつと頭が良いやつがこの世界で最強

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個人差と遺伝子から決まる部分
頭が良い=対人関係が良好=学力良好
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個人さと遺伝子から決まる部分
あれコレガチャか?
ってな感じで好循環作りやすい
そこに頭の良さが加わると言うまでもなく好循環が加速する
ここに頭の悪さが加わると勿論のこと悪循環
脳みその出来が一番重要で人生を決定する
その次に環境だと思われる
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不安を感じやすい
が合わさったら何も趣味がないし人と関わることに幸福を感じなくなりひきこもりタイプになるんじゃなかろうか
何をやれば早く効率良く良い結果を出せるかが分かるから
外部刺激に対して反応しない鬱タイプの脳みそだと頭が良くても回らない
不安に弱いタイプならネガティブな方に回って哲学者みたいに言葉の世界に病んで死ぬ
本人の資質は両親のDNAから形成されると思われるので
結局のところガチャということになる
優れた遺伝子を持った両親から優れた子供が生まれやすい
それでも確率で出来損ないが産まれることもある
こどもにとっても親にとってもとんでもないガチャである
だから毒親でも親ガチャ失敗ではない
不安耐性が強く、能力が高く、継続して努力ができ、成果に対して脳みそが幸福を覚えるタイプ?
毒親の中でも成長を続けたお前の不安耐性は目を見張るものがある
なので教育が届いた先進国は出生率が低下する
高度な社会になると求められる能力も高度になり、能力の低い人間は惨めさを抱える
こどもによい教育のためには金が要る
真に進んだ社会というのは能力が低い人間でもそこそこの生活ができる社会だと思われる
賃金が低いなれどアメリカほど格差がない日本は弱者にやさしいはず
それでも出生率が下がってしまったのは高度に発達した社会だが、子供を産みたい気持ちになれない国だからか
不安耐性の強さが第一
外部刺激に対して反応があり幸福を感じやすさが第二
そして脳みそや肉体の並み以上のスペックが第三
と言ったところだろうと思う
第一と第二を無視して第三ばかりを追い求めると多分壊れた子供が生まれる
外部刺激に対する適切な反応ってのは難しいね
鈍感力とはまさに不安耐性だと言いたい
外部刺激というのは、家族や恋愛や仕事や友人などと言った、社会一般的に幸福とされる刺激のことを指して言った
そういう外部刺激に反応がない脳みそのまま生まれてきてしまったタイプは不幸である
なぜなら、生きていて普通の人が感じる幸福が幸福でないから
電車やミリタリーなどと限局的な幸福を感じて社会生活を送れるならまだマシで
何も興味関心がないまま生きていかなければいけない子供は不幸である
それは外部刺激に対して脳みそがほとんど反応しないということ
夢中になったり好きになるものが常人とかけ離れてしまうというのは不幸である
でも電車やミリタリーなどには強い興味関心が働いてなんでも暗記してしまうタイプ
これはまさしく発達障害のアスペで、社会適応に困難がある
こう言ったところをデザインベイビーでいじくってしまうと高確率で壊れた子供になると見える
もしそうならメンタルの弱さは脳ではなく環境に原因があるかもしれん
今は親にそういう時代ではないって伝えてる親業講師がいる
「抑圧が強い」って言われちゃう
ストレスを感じてもじっと石のように耐え抜くタイプと=抑圧
明らかなストレスでもケロッとしているタイプがいる=不安耐性高い
前者は受けたストレスに対し抑圧しどこで限界が来ると何かしらの形で爆発する
後者はため込みすらしないので爆発しない
不安耐性とは別に
環境に適応しストレスを克服していく能力ももちろんあるか
不安耐性が低くとも、環境適応が高いタイプならばなんとかなるということか
とはいえ不安耐性の高さの方が上位互換に思える
むしろ不安耐性=環境適応とさえ言ってもいいかもしれない
過度に適応しないと天下は取れない
後輩がイライラする客に俺はイライラしないの
まぁそういうもんだよねって思うの
「受容」もしくは俺の「キャパ」なんかなって思ってるんだが
自分を抑えなくてもってとこがポイント
あらゆるストレスから逃げまくる逃走型になるか
ストレスに立ち向かう闘争型になると思われる
そのすべての型をもってストレスに屈した時は無気力型になると思われる
耐えることも逃げることも戦うことも無意味だと理解したら動物は鬱になる
なんかよくわかんないな
抑圧なんてしたことないけど興味関心は社会一般とかけ離れてたし
コミュ力はたかいし誰とでもサシでいくらでも会話できるが
社交そのものは好きじゃない 特に団体行動は好まない
不安耐性=環境適応が低く、対人および学習能力が低い人間は、どうにかしてストレスから逃れようとする
それは闘争・逃走・抑圧あるいは無気力的な鬱である
その過程で、ストレスを克服するために、ストレスを考えて理解しようとする、結果、ややこしく難しく複雑で詳細なことまで考えてしまう
つまり、順序が逆である
考えるからストレスがあるのでなく
ストレスがあるから、それを処理したいがために考えるのである
しかしたいていの場合、考えて理解したとて、根本にある不安耐性の低さ、対人および学習能力の低さをひっくり返せるほど現実を好転できないのが実情である
ちょっとマシになる程度のことであるが、現実を変えるには至らない虚しさがある
逃走・闘争・抑圧で事態を乗り切ろうとするのである
それがうまくいかなかったとき無気力的な鬱になり諦めるのである
これは動物的な本能なのである
誰かと会話してる最中ですら全く別のことに浸りながら生きてんだから逃避性質は筋金入りだ
人格も多分軽い分裂入ってるわ俺
その意見に同意である
ストレスに対して逃走的な経験が何度も続くと、現実から逃避するために妄想などするである
ストレスに対して闘争的な経験が何度も続くと、現実に立ち向かうため攻撃的な人格が形成される
ストレスに対して抑圧する経験が何度も続くと、人前で寡黙になったりうまくしゃべれず体がカチコチになる経験がある
そしてそれのどれもが限界に達した時に無気力的な鬱状態になる
人格はすべての経験から統合されひとつのものになると思われているが
このようにストレスに対しての反応についてパターン化されたとき、人格分裂 多重人格に感じられるのである
それはそれだけ我らのような人間が様々なストレスを抱えてきたことを示す悲しさの証なのである
何も考えるなと言われて5分続けられたら才能あり
どうしようもないストレスにさらされてしまったとき人はこのパターンにハマる
その状態の時に罪を重ねてしまうのである
それは悲しいことなのである
自分は悪くないと思い込むのがメンタルの強さ
環境適応しているでもなく、能力が高いでもないのに、不安耐性が高いタイプがいる
自分の無能さからくるあらゆるトラブルの中でも、自分を責めることなくメンタルを維持できるタイプがいる
我には想像できないがこのタイプはいる
このタイプはいったいどんな経験をしたらそんな人格になるのか
そしてどれだけ過酷な経験を得たときその精神が折れてしまうのか興味がある
もしかしたら、自分は悪くない、相手が悪い、という闘争的本能でやり過ごしてるだけかもしれないが
それでも本当にトラブルメーカーでありながら他人を責めることなく自己肯定感を維持できる人間も実在するように思える
どんなに頑張ってもあんなデカい声量になんねえよ
物凄く折れやすいけどすぐケロっと回復してるように見えんだと
……単にすぐキャパ越えて切り替わってるだけやで

