東京って「娯楽が多すぎて思考停止して何もしない人」が地味に多くね?
美術館でも、世界中のエスニック料理屋でも、ミニシアター映画館でも、陽キャの集まるクラブでも、マニアックな趣味でも、スポーツを見るとかでも、代々木公園でやってるイベントとかでも
東京は娯楽の選択肢が多すぎるだろ?
結果、思考停止して何もしなくなる人が大勢いるんじゃないか
けっして経済弱者でカネがないわけではない、情報弱者でそれを知らないわけでもない。体力弱者で動けないわけじゃない
極端な話、家から徒歩5分に高度な娯楽があっても「いつでも行けるし楽しめる」という事実があるせいで、行く機会を失している人が大勢いるんじゃないかと思った
なので名古屋くらいの田舎よりは選択肢があるが「適度に不便」な環境の方が人は娯楽を楽しもうとすると思うんだよね

よく欧米人がクラブ↑でウェイ系の飲んで踊ってやってるイメージがあるけど
あれは街で夜遊びする選択肢が飲み屋か音楽かの二択しかないのもあるから
ワーホリでオーストラリアのブリスベン行ってからシアトル住んだ俺はよく心得ている。ブリスベンやシアトルが都会かはともかく
「ない娯楽」を渇望し、暇がれきれば新幹線の切符とホテルとって上京しているように見える
そう
オタク文化なんか特にそうだと思う
俺が子どもの頃「コミケ」と言うものを知ったきっかけが、大垣夜行がコミケ遠征の18キッパーで大混雑するという2chのネタを小学生の頃読んだことだった
今は格安夜行バスに移動手段が移ってるだろうが、あんなに膨大な田舎者の集まりをやるんなら、名古屋開催した方が東京よりも地方全体から集まりやすいだろと思ってしまった
極端いえばチケットさえ手に入れば徒歩で行ける飯田橋に住んでいる人のどれくらいがそれに参加しているかって話
ようは人間は娯楽の幅が少なすぎると
与えられた切り札の中でどうにかしようとするしかなくなる。一方で高望みして外に出ようとする人が出てくる
ある程度娯楽の幅が広がると、切り札が増えその中で満足できるようになるし、それでも物足りない人はもっと外に出てマニアックを極めるようになる
だが最初から切り札が持ちきれないほど膨大になると、一番目につきやすいもんに甘えて
「あとは行きたいときに行けるからいいや」になってしまう。1年に1回も行かないし、だいたいのことはいつか行けると思いながら死ぬまで行かない
ただし気まぐれで足を運んで楽しむことや、誰かに誘われることはある。そこそこ楽しいが、「また行ける」からこそリピーターにはならない
ベトナム料理屋からフレンチからアイリッシュパブやらカザフスタン料理まで色々あったんだけど
会社帰りのリーマンたちはただのどこにでもある居酒屋に吸い込まれていたし、地元民はどこにでもあるスーパーにチャリで買い物に行ってて
「あー、これが思考停止か」って思ったのよ
音楽とかも、CDで聴いてた頃は何回も同じCD聴き込んだもんだがな
夢の国とか言うけど夢から覚めたほうがいい
アメリカもあれば南米っぽい探検の場もあるしヨーロピアンもあるしみたいな疑似世界旅行の場
「海外旅行をしまくる金銭的余裕があってもディズニーで妥協している層」も一定数いると思う
大阪市内に住んでるけどusjは4年くらい行ってない
確かに住んでるといつも同じところばかり行くようになってしまうな
大阪のいわゆる日本橋(にっぽんばし)の空洞化は、家電需要がネット販売や梅田ヨドバシに奪われただけでなく
「いつでも行ける」と誰もが思ってしまった結果行かなくなって全部潰れた面もあると思うんだよね
俺は乃木坂のグッズを買いにたまに出かけたことがあるくらいかな
後、あのへんはラーメン屋さんが多い
都心がコンパクト、名駅か栄に行けばなんでもあるから
足を運ぶハードルが結構低いのはある
東京だと、何でも東京駅ではなく、新宿、池袋、渋谷、六本木・・・無数に街があってそこに機能分散しているので、「足を運ぶハードル」が上がるのもある
コンサートなら名古屋ならドームかささしまみたいにある程度場所があるが、東京だったらさいたま新都心や新横浜や幕張に行かないとないこともある
すると強い動機があって行動力のある人以外は行く気にさえならなくなる
遊び目的では若者向けのアミューズメントパークだぞ東京は
オッサンというかおじいちゃん・・・
そこで生活してればただの日常なんだから
大阪の吉本新喜劇は確実に「大阪の街文化」だった
これに対応する文化が東京にはないと思う
あの時うんと頭をひねって何が東京版か考えて浮かんだのは劇団四季のライオンキングだった
でも、そもそも「ミュージカルを見に行く」こと自体が高度な動機がないとやらないことだし
四季の劇場は街中に突然あってふらっと入れる場ではないのでやっぱり違う気がした
マチアプが溢れてるからなのか女の子にも有り難みない
それ自体が多数世論から偏ってると気づくべきだと思う
ネット上にいる一部の人が同じ類友の一部と共感しあって、世論に影響を与えようと拡散しまくってるけど
日本人の9割くらいはミニシアターなんて行かないし、おそらく若者の殆どはシネコンさえ行かないと思う(いわゆる若者の映画離れ、ちなみに理由はショート動画の氾濫らしい)
移民なんてほとんどいない(つまり客のほとんどが物好き日本人)で成り立つ東京が世界一の都会で移民都市のニューヨーク並みの外国料理の選択肢なのは
さすがにどうかしてると俺は思う
人生に必要なのはアクティビティじゃなくて友人と家族だよ
そのマニアック趣味を満たす空間や趣味人同士でつながる場として東京(に限らず大都市)が機能しているのは事実だとも思う
これは世界的にそう
昭和の出版文化と読者投稿、情報交換コーナーは今のネットよりディープ
それで都内と郊外の差異なんかなくなってきてる
昔は流れが東京→地方だったかもしれんが、今は郊外→都心
いま、当時若かった40代~60代を見ているとミュージシャンとして食ってる人以外はみんな普通のスーツ着たおっさんで「若い頃ヤンチャしてましてねえ」みたいな写真で振り返るとビックリみたいな人ばかりなんだよね
そしてそれは「本質的に非凡な人が日本にはほぼいない」ことの表れだと思うんだよね
移民社会ではないから人間の幅がないし、極度均質な環境下、「横並びの和を以て貴しとなす」の精神まであるから、なおさら異端が生まれにくい
一方で今の若者はバブル世代の先人たちが切り開いた趣味の選択肢を得たいときにカネさえ払えば得られるが、それはわかった上でみんなショッピングモールで買い物してSNSで同じショート動画見てゲラゲラ笑うだけで満たされるんだと思うの
内田裕也やタモリみたいに
いいぜ北海道、なんもなくて
楽しかったなーって思うと数年後にはそこが街まるごと更地になってたりするのがやるせない
札幌であり名古屋だと思ったんだよね
東京首都圏は広すぎ、大阪もまだデカイ。名古屋、札幌あたりの200万都市が一番しっくりくる
ふわふわしてんなあ
たぶん札幌地区にテーマパークがなくて、総合エンタメの場、ハレの場としてボールパークが定着したからだと思う
首都圏は「野球ファンが野球場に行く」ことはあってもそれ以外はない。神宮も東京ドームもそうだし、幕張や横浜とかもそうだ
敷居が高すぎる
けど札幌の場合、ハズレのない非日常的なレジャーで1日遊びたいという時、たまたまそれに都合がいいのが野球観戦を軸にしたボールパークだったので成功できた
そしてそういう人だけが集まる空間は、老害カルチャー嫌いで自分と違う種族の空間に居心地悪さを感じる今の若者は、おそらく来ない
だから東京キー局はナイター中継はほとんどなくなっている(ナイター中継が減るほど、神宮の売り上げはむしろかつてないほど増している)
ビジネスとしてはスワローズは今の方が昔よりうまくいっているけど、娯楽の選択肢は実は消えているんだよね
まさか徒歩圏内に時計台もテレビ塔も北大キャンパスも旧庁舎もあるとは思わなかった
大通り公園も素晴らしいし1駅でススキノとか神

