池上彰のニュースそうだったのか!!まとめ4!東西冷戦以降!


土曜日にテレビ朝日系列で放送されています

「池上彰のニュースそうだったのか!!」

のまとめサイトを作ってみました。

今回も題材にしているのは

3月5日(土)の放送分で、まとめ4回目になります。

前回までのまとめはこちらをご覧下さい。

池上彰のニュースそうだったのか!!まとめ①!輸入自由化以降!ゆとり教育以降!など

池上彰のニュースそうだったのか!!まとめ②!IT革命以降!国鉄民営化以降!など

池上彰のニュースそうだったのか!!まとめ③!少子高齢化以降!暴力団対策法以来!など

池上彰4

池上彰さん

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東西冷戦以降

東西冷戦とは当時のアメリカとソ連(現ロシア)の

戦争をしないが、にらみ合っていた状況の事で

冷たい戦争と呼ばれていたので”冷戦”と呼ばれています。

今の世界情勢は突き詰めていけば

東西冷戦に行き当たると言われています。

日本が中心の世界地図を見慣れている

日本人には理解しにくいかもしれませんが、

ヨーロッパから見て東(ソ連グループ)と

西(アメリカグループ)に分かれています。

世界地図

世界の実力者トップ2のアメリカとソ連の喧嘩ですので

いつ核戦争が起こってもおかしくないような状況でした。

アメリカが資本主義、ソ連が社会主義なので

考え方が根本的に違っていました。

自由を目指したアメリカに対して、

ソ連は平等を目指していました。

お互いの目指す理想の世界が違うので

衝突が起こるのは当然ですよね。

当時、ソ連の首相だったスターリンは

第2次世界大戦でドイツに直接攻め込まれたのがトラウマで

西ヨーロッパとの間にソ連の盾となるように

ポーランド、ルーマニアなどの国々を支配していきました。

そして支配した国々が資本主義に寝返らないように

徹底的に情報封鎖を行いました。

こうしてソ連はどんどん独裁国家になっていきました。

それに対し、アメリカは当初ソ連との協調路線を取っていました。

しかし駐ソ代理大使であった人物が、ソ連について調べたところ

「とても協調路線が通じる国ではない」という結論に至り、

ソ連を封じ込めよう、と言い出しました。

ここからソ連に対するアメリカの強行路線が始まりました。

こうして冷戦がスタートし、各国を味方にしようと

陣取り合戦がスタートしました。

冷戦状態は40年間続きましたが、

1986年にソ連の経済が深刻な状況に追い込まれ

冷戦はあっけなく終了してしまいます。

ソ連のゴルバチョフ書記長は

「もう喧嘩を止めて援助して欲しい」と

アメリカに頼み込みました。

これをアメリカのレーガン大統領が受諾して

冷戦は終了を迎えます。

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東西冷戦が終わって・・・

冷戦が終わったことで、世界中の人々が

「これで世界平和が訪れる・・・」と

思いましたが、そうはいきませんでした。

冷戦で保たれていた世界秩序が崩れて

大騒動に発展していきます。

・イラクによるクウェート侵攻

まず起きた事件がイラクのクウェート侵攻。

今までソ連に抑えられていたイラクが

ここぞとばかりにお金持ちだったクウェートの

石油や財産を奪おうと侵略を開始しました。

そしてサウジアラビアが、次は自分の国に

侵攻してくるかも・・・と心配になり、

アメリカに助けを求め、アメリカもこれに応えました。

しかし敬謙なイスラム教の国であったサウジアラビアは

異教徒が入ってくることに反発しました。

中でも怒り心頭だったのが、オサマ・ビンラディンでした。

ここから反米テロが始まり、

後の911アメリカ同時多発テロにつながっていきます。

それ以降はアメリカの報復、それに対してさらなるテロと

現在まで続いています。

・日本の景気が悪化!?

冷戦時代、日本は限られた資本主義の中では

比較的賃金の安い国でした。

そんな訳で日本製は安さを武器に世界中で売れていました。

しかし冷戦終了後、旧ソ連グループの社会主義国家が

次々と資本主義に変わっていき、人件費も格安でした。

東ヨーロッパや中国でモノを作れば、人件費がかからないので

どんどん物価は下がっていき、世界中でデフレが起きました。

こうなると日本製は人件費が高いので、当然高くなります。

世界中で日本製が売れなくなり、

現在も続いている不況へと陥っていったと言われています。

またまた続きます。

池上彰のニュースそうだったのか!!まとめ⑤!バブル崩壊以降!リーマンショック以降!

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